糖化による老化ーコラーゲンと毛細血管の深い関係ー健康・未病と毛細血管 第3回
筆者:伊賀瀬 道也
Wellness PLUSサイトでは、最近米国で定着しつつある”オプティマルヘルス”と言う考えについてお話をしました。
リンク:阪急阪神沿線 Wellness PLUS
https://healthcare.hankyu-hanshin.co.jp/
”オプティマルヘルス”と言う健康観は、健康寿命の延伸に有効であると考えています。
健康寿命について
日本人の平均寿命は引き続き延伸おり、「人生100年時代」と言われるようになりました。。他方、健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)と平均寿命との間のギャップ期間は、図のように長い間縮まっておらず、介護の問題など、医療的、社会的な問題となっています。
“高齢でも日常生活を自律して送ることのできるような健康状態を実現する”
これはオプティマルヘルスの考え方そのものですが、できるだけ早くから老化への備えをすることで、100歳までの人生を年齢相応に健康な状態を維持することが、この課題へのひとつの答えになると考えられます。
糖化は身体のいたるところで起きる
人間の身体は、たんぱく質でできています。私達の身体は、約60兆個の細胞とその周りを取り囲む細胞外基質で形作られています。その細胞外基質は細胞外マトリックスと呼ばれ、みなさんおなじみのコラーゲンや他の物質などから構成されています。そのコラーゲンはタンパク質ですから、コラーゲンは糖化の影響を受けます。
コラーゲンは、身体を構成する全タンパク質のうちその約30%を占めており、また全コラーゲンの40%が皮膚にあります。皮膚の表面を表皮と言いますが、それよりも内側の部分、真皮層と言われるところにコラーゲン組織がたくさんあります。毛細血管は、その真皮層のコラーゲン組織の間を走っています。
爪先毛細血管の写真を見てみましょう。
皮膚の表面の表皮層は写真の上側に、下側には真皮層があり、毛細血管はその真皮層にあります。表皮層と真皮層の間には、基底膜と言われるコラーゲンできた膜(図の赤い点線)がありますが、その基底膜に向けて毛細血管が真皮層を押し出すように突き出して見えるところを真皮乳頭と言います。
毛細血管の並びに沿って真皮乳頭が規則正しく見えるケースは、正常な毛細血管の画像で見られますが、特に年齢が若い方や、健康状態を上手に管理している方によく見られます。
健康な真皮層では、繊維状の形態に紡がれたコラーゲンが綺麗に網目上の弾力のある立体組織を作り、皮膚をしっかりと支えています。次の図の、左側のような状態です。
ところで、コラーゲンが糖化するとどのようになるのでしょうか?
綺麗な網目上に構成されていたコラーゲン組織は、糖化により繊維と繊維が不必要なところでくっついてしまう“架橋”という現象が起きます。そうなると、バネが効かなくなり弾力性が失われてしまうのです(図の右側)。そうして、お肌のシワや弛みにつながってしまうのです。
また糖化は、毛細血管も老化させます。毛細血管を構成する細胞が糖化物質AGEsの影響を受けると、血管の形状が変化しその機能が弱まります。最悪の場合には、それら細胞が機能しなくなり、下の写真のように血流を流せないサヤだけの血管;ゴースト血管となります。
糖化が毛細血管を老化させて起きる病気の代表が、「糖尿病性網膜症」です。
あっと社の毛細血管計測技術を使った東北大学医学部での研究では、毛細血管のゴースト化状態と糖尿病性網膜症の網膜の血管状態が強く相関していることがわかりました。ゴースト血管が増えると、組織が身体の部位として与えられた役割や機能を十分に果たせなくなります。ゴースト血管は、不調、未病の原因ですが、人の老化の状態を表しているとも言えます。
骨粗鬆症と健康寿命
さて冒頭の健康寿命ですが、それを阻害する大きな原因のひとつが骨折です。
骨粗鬆症になると骨が折れやすく、一旦背骨や太ももの大きな骨の骨折を起こすと、歩きにくくなったり寝込みがちになったりして、そこから足腰の筋力が低下し、寝たきりとなる可能性が高まります。骨粗鬆症は、更年期からの女性ホルモンのエストロゲンの分泌が減少することで、骨の代謝状態を変化させることが主たる原因だと考えられてきました。さらに引き続き研究が進み、骨粗鬆症は加齢に伴う様々な理由で病態が進むことがわかってきています。
2014年に、ドイツの研究者が「骨の毛細血管が年齢とともに減っていくことが骨粗鬆症の原因のひとつ」と発表しました。加齢によって骨の中の毛細血管がどのようになっていくか、マウスの骨の内部を観察した写真を紹介します。
特殊な技術で赤色に着色されたところが血管ですが、若年期にはとてもたくさんあった毛細血管が、加齢に伴って徐々に減少し、老年期にはほぼ見られなくなっています。
骨と歯はコラーゲンに鉱物を加えることで形成されており、十分な強度を維持するためにコラーゲン繊維が必要です。コラーゲンを作り出す細胞に酸素や栄養を十分に供給することが必要ですが、毛細血管が少なくなるとその供給が途絶えます。
糖化は直接骨の育成を抑制する可能性が報告されています。全コラーゲンのうちその20%近くが骨や歯に含まれており、そのコラーゲン組織が糖化による「コゲ」によって直接老化されてしまって、骨密度が高い場合でも折れやすくなるという現象です。
このように糖化は老化の原因ですが、毛細血管も老化させるし、お肌や骨を形作るコラーゲン(タンパク質でできた)組織も老化させる… こうして、若返りを難しくさせていきます。
コラーゲンはどこで作られるの?
ところで、コラーゲンはどのようにして、どこで作られるのでしょうか?
食事によって取られたタンパク質は消化によって一旦分解され、アミノ酸やアミノ酸が複数結合したペプチドで吸収されます。したがって、口から食べたコラーゲンがそのまま吸収されて肌のコラーゲンになることはなく、分解産物を原料にしてコラーゲンが作られることもない、と考えられます。
ただ、近年コラーゲン由来ペプチドにコラーゲンの産生効果があるとの研究が多数発表されるようになりました。 その事例を紹介します。
コラーゲンは細胞がつくりだします。皮膚は繊維芽細胞という細胞が、軟骨は軟骨細胞、骨は骨芽細胞で作られます。骨には、その骨芽細胞に加えて、骨を吸収する役割を持つ破骨細胞があり、この2つの細胞により、新たに骨を作る“骨形成”と少しずつ骨が解かされる“骨吸収”を日々繰り返しています。
最近、この骨代謝に関連して、2つの細胞にコラーゲンジペプチドという物質が上手に働きかけ、吸収よりも形成を多くするようにバランスを調整する現象が報告されました(下図)。
これは、コラーゲンから分解されたジペプチドが「コラーゲンが足りないよ!」、「コラーゲンをたくさん作ってよ!」ということを細胞に知らせる役割を果たします。コラーゲンを作る細胞の増殖や、分解するコラーゲンのバランスを調整して、コラーゲンを増加させる働きをします。
このように、我々も含む臨床研究者が、近年多くのヒトにおけるコラーゲンジペプチドの効果を実証しています。老化の研究は、すでに老化を防ぐ研究や開発のレベルに進化しています。
抗老化のため糖化を防ぐ
抗老化の研究が進むにつれて、老化を防ぐ薬や食品の研究開発も進んではいますが、健康寿命を延伸するには、老化をできるだけ抑制するアプローチが重要です。
これまで述べてきたように、糖化は体の至る所で起きます。酸化反応が、AGEsが作られる糖化反応の過程にも深く関連することが分かっています。タバコ、お酒、疲れ、睡眠不足などがその原因です。渡辺先生のコラムでお話があった、酸化についても気をつけることが必要になりますね。糖質のとり過ぎも糖化を促進させAGEsを増やしますが、最近の研究では、血糖値が正常範囲でも食後に血糖値の変動が激しい(グルコーススパイクと言います)人は「AGEs」を作りやすくなることがわかってきています。すなわち、生活習慣を見直し、まずは糖化(コゲ)を増やさないこと、そうして毛細血管や体を構成するタンパク質組織をなるべく健全に保つよう努力することが大切だと考えられます。
こうして、皆様がご自身にとって最善な健康状態をできること(オプティマル)を目指していきましょう。
では、次回(8月)のコラムにて、その糖化対策について詳しくお話しします。
リンク:阪急阪神HD社 いきいき羅針盤アプリ
https://healthcare.hankyu-hanshin.co.jp/app/
あっと株式会社は、大阪の毛細血管観察装置を開発する会社ですが、神戸リサーチコンプレックスに参画したメンバーのひとつです。爪先の毛細血管の形状を計測し数値化する人工知能技術を、大阪大学と世界で初めて開発した企業ですが、彼らの技術により爪先の毛細血管形状を、私の取り組みである健康関数の一つの要素として取り入れることができました。この研究からは、特に、毛細血管の太さがLDLコレステロールの量と関係していることがわかり、脂質異常のリスクを評価できることがわかりました*。
神戸リサーチコンプレックスでの研究プログラムは2020年3月で終了しましたが、このようにあヘルスケア産業に関わる多くの企業が、筆者が提唱する健康関数を活用して新たなサービス開発に取り組んでいます。
*)理化学研究所とあっと株式会社はその技術を特許にしました。
続く…
あっと社の毛細血管スコープ 血管美人は神奈川県のME-BYO BRANDに認定されています。https://www.pref.kanagawa.jp/docs/mv4/cnt/f531787/p1078097.html#atto
伊賀瀬 道也先生プロフィール
愛媛大学医学部卒、同大学院医学系研究科修了(医学博士)、同附属病院、公立学校共済組合近畿中央病院勤務の後、愛媛大学医学部老年科助手、米国Wake Forest大学・高血圧血管病センター・リサーチフェロー、愛媛大学医学部加齢制御内科講師、同附属病院抗加齢予防医療センター長、同老年神経総合診療内科准教授、同特任教授を経て、同大学院抗加齢医学(新田ゼラチン)講座教授(現職)Wake Forestリサーチデイゴールドアワード(第1位)、ノバルティスアワードなど受賞。原著英語論文287報など。
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